
こんにちは、具です。
今日は、書くかどうか少し迷っていた話を書こうと思います✏️タイトルのとおり、実は一度だけ、自分のセクシュアリティを生徒へカミングアウトしたことがある、というお話しです。あれから何年も経ち、言葉にしてみても良いかな?と思って、今回書いてみることにしました。
今でもふと、あのときの選択がよかったのか、考えるときがあります。あの場で、あの生徒と向き合った一人の大人として、何を考え、どう判断したのか。その記憶を残しておきたいと思いました。
読む人によって、感じ方はきっと違うと思います。それでも、なにか考えるきっかけのひとつになれたらうれしいです。
※これは、あくまで私がした体験の共有です。こうした対応を推奨したり、一般化することを目的とした内容ではありません。なお、エピソードは個人の特定を避けるためにフィクション等を織り交ぜていることをご了承ください。
- 🏫ふだんは「カミングアウト」をしていない私
- 🎈カミングアウトをしたあの日
- 💬カミングアウトした理由
- 🎓生徒の反応
- 🌈おわりに:カミングアウトを受けたときに気をつけていること
- 【過去の「仕事・LGBTQ」に関する記事はこちら】
🏫ふだんは「カミングアウト」をしていない私
私は基本的に、生徒に自分のセクシュアリティを話していません。過去に苦い経験をしたこともあり、自分の話をするリスクを考えてしまい、どうにも自分の根幹のところは、未だオープンに話せないでいます。
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あれから何十年も経ちますから、もしかしたら今は、こんなことは起こらないのかもしれません。でも、過去の経験がどうしても自分を慎重にさせてしまっていることも事実。私はできるだけ、自分の属性や背景について、特に職場では直接語らないようにしていました。
🎈カミングアウトをしたあの日
その出来事があったのは、ある生徒が保健室を訪ねてきた日のことでした。
はっきりとした言葉ではなかったけれど、話の端々から、その生徒が自分のセクシュアリティについて悩んでいることは伝わってきました。これまでの様子から、なんとなくそうかもしれないな、と感じていた部分もあり、特別驚いたというより、「やっぱり」という納得に近い感覚だったことを覚えています。
ただ、その日の生徒は、いつもよりずっと切羽詰まった様子でした。学校生活がとても苦しいこと、将来のことを考えると気持ちが暗くなること、「この先、楽しいことなんてあるのだろうか」と、かなり悲観的な言葉が続きました。
私は話を聞きながら、頭の中でずっと揺れていました。一般論として、「いろんな生き方があるよ」と伝えることもできるけど、それだけでこの子は、今の苦しさを少しでも手放せるのかなって。
このときの私は、「意外と未来は明るいよ」と伝えたいと思っていました。でも、その言葉をただ伝えるだけでは、空虚な慰めになってしまう可能性も分かっていた分、自分の話をするかどうかも、迷っていたのです。
でも、目の前にいる生徒の表情を見て、「今、この子には“生きている当事者”の実感が必要かもしれない」と思い、久しぶりに意を決して生徒に話しました。
話してくれてありがとう。私も同性パートナーのいる当事者だから、いま悩んでいる気持ちが痛いほど伝わる。でも大丈夫、学校のこともその先のことも、一緒に考えてみよう。
💬カミングアウトした理由
このときの私が一番に考えたのは、生徒の安全でした。
それは、今この場をやり過ごすことだけではなく、この子が大人になったときの自分を、少しでも想像できるようになること。
生活している当事者が実際にいるーーその事実を、頭ではなく、実感として持ってほしかったのです。
私は、自分のセクシュアリティについて、淡々と話しました。
- 子どもの頃、同じように悩んだことがあること。
- 大人になっても、悩みがゼロになるわけではないこと。
- でも、それでも生活は続いていて、選択肢は思っているよりずっとある、ということ。
生きるのって、案外楽しいよーーその一言を伝えたくて、私は自分の経験を差し出しました。特別な言葉を言ったわけでも、勇気づける演説をしたわけでもないけど、ただ、絶望しかないわけじゃないということは知ってほしかったという気持ちでした。
🎓生徒の反応
生徒は、一瞬だけ驚いた表情を見せました。でもすぐに、食い入るように話を聞いてくれました。相づちを打ちながら、自分自身の気持ちも、少しずつ言葉にしてくれて、堰を切ったようにというのはまさにこういうことを言うのだなと感じたものです。
この一件で、特別劇的に、何かが解決したわけでもありません(学校としてできそうなことは、他の先生へ打診したり、できるところを工夫したことはありましたが)。ただ、確かに、会話の温度が変わったのを感じました。
今こうして振り返ってみても、この行動やあのとき掛けた言葉が正解だったのかどうかは分かりません。でも、「この子に言えたことは、よかった」と思う気持ちも、確かにあります。
それでも、私はこの一件以来、未だカミングアウトはできないというのも本音。
価値観の違う大人からの、過剰な攻撃のおそれ。
過去に、上司から箝口令を敷かれた経験。
それらを思い出すと、どうしても恐れが先に立ってしまうのです。
でもいつかは、苦い経験も含めて、自分が歩んできた経験やそのときに感じた気持ち、それでも今、前を向いて生活していることを、何も恐れることなく、話せる日がきたらいいなと夢見ています。
🌈おわりに:カミングアウトを受けたときに気をつけていること
先生、俺ってキモイかな?
何年経っても、時代が変わりつつあっても、セクシュアリティで悩む子どもは今も確実に存在しています。そしてきっと、ご家族も人知れず悩んでいるかも知れません。
そんなことないよ。大丈夫、一緒に考えてみよう。
今までいろんな生徒から話を聞きましたが、直接的な言葉でカミングアウトを受けることの方が少ないです。自分で言葉にすることをためらっているのかもしれないし、言葉を聞いた相手から過剰な反応をされることを恐れてのことかも知れない。だから、言葉で言わせようとするようなカミングアウトにならないよう、注意を払っています。
そもそもカミングアウトは、武器でも、魔法でもありません。話すことも、話さないことも、それぞれに理由があって、だからこそ、それは常に選択であって、義務ではないということを忘れてはならないと思います。
でも、ときには自分の話も織り交ぜて話します。せっかく心を開こうとしているのに、こちらが頑なに心のとびらを開けないようにしていると、本質を話してくれなくなってしまいますから。
そのため、信頼できる先生には、自分の話をしておいて、もし生徒からカミングアウトを受けて、必要と感じたら、私の話をしてもらって構わないと言うこともお伝えしています。こうして伝えておけば、アウティングにはあたらないので、先生方としても安心かな、と思ったからです。実際、これによって生徒が保健室へ足を運ぶ機会は増えたこともあります。
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ちなみにうちの猫さまは、私がこんな真面目な文章を書いている横で、まったく関係ない顔をして「ごはんまだ?」という圧をかけてきます。パートナーがちゅ〜るをあげてくれ、大満足なご様子でした。
【過去の「仕事・LGBTQ」に関する記事はこちら】
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